3人の中国人実習生が、レタスを箱に詰めていく。その様子を見ながら、「助かった」と胸をなで下ろすのは油井晴雄さん(54)だ。油井さん方では、1日300~400箱を出荷。中国人実習生の手を借りなければ、とても作業をこなすことができないのだ。
6月から始まる出荷時期に合わせて、村には毎年、中国やフィリピンから約800人の実習生がやってくる。しかし、今年は事情が違った。原発事故の影響を懸念し、震災直後は、日本国内の留学生が帰国する事態も起きた。村の農家には、「今年はどうなるのか」との不安が広がった。
藤原忠彦村長は素早かった。まずは実習生を送り出す中国側に電話で、村の安全性をアピール。また、村の受け入れ機関「村農林業振興事業協同組合」は3月下旬、中国やフィリピン側に、震災地と村が離れており、津波の危険がないといった安全性や、実習生の必要性を記した文書を、県内の放射線量を掲載した新聞記事を添えて送った。 「たとえ数人が来なくても、一農家にとっては大ダメージ」と組合専務理事の鷹野憲一郎さん(60)。
中国側の協力もあった。中国のニュースでも、連日、津波の映像が流された。吉林省の送り出し機関「東北亜国際交流中心」では、社長が実習生宅へ行き、本人や家族に安全を説明し、説得して回ったという。同社では予定していた実習生全員が来日した。 油井さん宅で実習する郭大偉さん(28)は「地震よりも放射線が怖かった。でも社長も安全だと言ってくれ、親も自分の意思を大事にしてくれた。来てみたら大丈夫だった」。
中には断られたケースもあったが、組合は代わりの実習生確保に奔走し、例年通りの人数が確保できた。
村では、中国のテレビ番組の視聴を可能にするなど、働きやすい環境整備を進めてきた。鷹野さんは「これまでの信頼関係があったからこそ、緊急時にも対応できた」と話している。
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